ノートって何のためにあるんだろう

またまたプライベートの方でちょっといろんなことが起きていまして、ブログをちょっぴりご無沙汰してしまいました。
早稲田こどもフィールドサイエンス教室の内容についても、スマイルゼミに入会した理由も書きたいのですが、最近のことで書いておきたいことがあったのでこちらを優先して記事にします。

現3年生の子が、かけ算のケタが大きくなった途端に計算ミスが続出しました。
見るとテキストの余白にちまちまと計算をしている…。
ただでさえ、ミスの多い子なのにこれではちょっと…とノートに書くように勧めました。
もちろん、「ケタをそろえて書こうね」ということは口を酸っぱくして言っています。
その後、宿題で間違えた計算のお直しをしたページを見たのですが、問題と問題の間の余白が極端に少ない…。
前の問題の一の位と、次の問題の大きな位がかぶるように書かれていて、境目を鉛筆で区切ってあるのですが、その区切りも間違えているという…。
さらに、右のページに書いたひっ算が、位が大きい方へ移動するにつれてスペースが足りなくなり、中央の綴じの部分を超えて左のページまで使うという、予想の上をいく使い方。
見開きで使うのが悪いと言っているわけではないですよ。
場合によって、見開きで書くことが必要なことだってあります。
私が言いたいのは、行き当たりばったりで書いてしまう、前にうまくいかなかったことを修正しないってどうしてなんだろう…と。

生徒に見やすいか聞くと、見やすくないとは言うんですよね。
よーーーく聞いてみたら、「学校でこう書くように言われた。」と。
だから、「寺子屋ではノートはケチらない。直す時も間違えた問題の狭い余白ではなくて、別の広いところにページ番号や問題番号を書いて、やり直してね。」と伝えました。
でも、一度ついた癖はなかなか直らないですね。
なので、「どうしたら見やすいかな~」「間違いに気づきやすいかな~」と投げかけているところです。

心配になって小2の長女のノートを見たら、案の定、同様の書き方をしていました。
長女のクラスの担任の先生は、先生の言ったとおりにしないとダメというタイプ。
「漢字も習っていないものは使ってはいけない」(クラスの全生徒へのお達し)ということで、教科書には出ていない読みも上の学年の漢字も壁を作ることなく学んでほしかった私とは考えが違い、せっかく漢字に興味を持ち楽しんでいた長女が「習ってないし」「使っちゃだめだもん」とやる気を失い、再度興味を持ってもらえるまでかなり時間を要したなんてこともありましたね。
怒られるのが怖いのか、問題の区切りに線を引くだけでは飽き足らず、あちこちに区切りの線を引き、私からするととんでもなく見にくい、カオスなページになっていました…(T_T)

でも、ここで発見したんです。
やたら線が引いてあるノートの余白に、赤鉛筆でまとまりなく、メモのように書かれている言葉があり、矢印も引かれていました。
具体的になんて書いてあったかは忘れてしまったのですが、板書を写したにしては不自然でした。
長女に聞いてみると、「大事だなって思ったから、赤で書いておいたの。だめ?」と。
だめなわけがない!!!!!

今まで言われたこともちゃんとできないことの方が多かった長女。
自由人と言えば聞こえはいいけれど、なかなか素直になれなくて、とにかくいろんなことに時間がかかる子です。
それが、自分で工夫をして、自分のためのノートにしようとしている?
「大事なところって授業をしっかり聞いていないとわからないもんね。いいことだね~。オリジナルの書き込みしたら、またママにも教えてね。」と言うと、「えー、どうしようかな~」ですって(^-^;
このツンデレ娘め…。

寺子屋の中学生を見ていて、ノートがこの年代になっても、本来の役割を果たしていないなと感じます。
ただ、板書を写しているだけ…。というか、正確に写すことすらできていない…。
中学生でそのノートでは、授業のポイントなど思い出せないのでは?と心配なほどです。

たまたまかもしれませんが、長女の工夫の跡をスルーしなくて良かったと思いました。
めったに褒められる機会がないからこそ、親がさりげなく見ていて、褒め時を失わないようにしないとって思います。
これから学年が上がるごとにノートを取る機会は増えるでしょう。
でも、そこで自分なりの工夫を重ねて、自分の学びの質が上がるノートの取り方、スタイルを自力で見つけていってくれたらなって思います。
今のカオスなページもできれば自分で「この線、引く意味ないね。」と気づいて整理できるようになってくれるといいのですが。
今は口出しせず、待ってみようと思っています。

ノートをとるのは、誰かに見せるためでも、誰かに提出するためでもないはず。
自分が教えられたことをどうやって咀嚼し、自分のものとするかのその過程の記録であって、ノートはあくまでも自分のためにとるものだと思うから。

ああ、高校時代の英語と古文の自分のノート、定期テスト前によく友達の間で貸しっこしました。
渾身のノート。
残しておけばよかったなぁ。

  

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コメント

  1. ペンギンママ より:

    はじめまして。
    いつもブログにお邪魔させてもらい、とても参考にさせてもらっています。
    まさしく!小3のわが子もノートの使い方がめちゃくちゃでした。
    先生は、丁寧に出だしを揃えて、自分が見やすいようにときちんと指導してもらっていたのですが、、、。やはり親が見る必要がありますよね。
    1学期では、ちまちま書いて計算ミス連発していたのですが、
    夏休みに 徹底的にノートの取り方を声掛けしました。
    ノートの取り方約束を机の前に張り出して(笑)
    ①日付 問題集のページ
    ②書き出しは揃える
    ③計算は大きく、数字はマスにひとつ。
    ④ノートは、大きく使う。
     (後で書き込めるように)
    今は 見やすいノートになりました。

    ペンの多色使いが気になりますが、
    本人なりに 使い分けているようなので
    いいかな~と。

    ノートの取り方を褒めると、子供はすごく喜びますよね。
    そして、ノートにメモができる子は伸びますよね。
    「メモや落書きはとっても大事だよ~~」と
    子供に話しています。

    • >ペンギンママさま

      お返事がすっかり遅くなりまして申し訳ありません。
      コメントありがとうございます。

      ノートの使い方、うちの寺子屋の生徒たちにノートを使わせたところ(3・4年です)、まるで計算用紙かのような使い方で一から指導中です。
      何度か言っても、問題番号すら書いてこなくて採点不能…(^-^;
      「これ、どこの問題?しーままりん先生にはわからないけど、〇〇くんにはわかるんだよね、教えて」と言うとだんまり。
      そこで、先生からの指示の意味を少し理解するようです。

      ノートの取り方の約束を貼りだしておくっていいですね。
      子供たちの頭にとどめておくのは難しそうですもの。
      それならば、参照できるものがあった方がいいですよね!
      我が家&寺子屋でも真似させていただきます!
      ありがとうございます!

      ペンの多色使い、これが綺麗に飾るという方向にいっちゃうこともあるんですが、今からノートの取り方を意識しているお子さんです。
      そのうち、どうするのが一番自分の学習に役立つかをつかんで、自分で取捨選択していきますね。

      うちの長女は、「だ、だ、大丈夫か?」というノートですが、自由人なところがいい方に出たケースだったので、いいところはしっかり褒めました。
      将来に繋がればと思っています。

  2. しーままりんさん、こんにちは。

    うちの息子のノートも板書オンリーです。ノートの取り方って、教わらないものですよね。

    確かに自分なりに工夫をしていくことが大事だと思いますが、低学年だとなかなか。

    自分がどうだったかと思い出すと、確か旺文社の小五時代のノート特集の真似から始めたと思います。そういう本がなくなって、東大生のノートなんかが流行るのでしょうね。

    長女さんの自発的な気付き素晴らしいです。うちの息子にも押し付けがましくなくノートの使い方について考えさせるきっかけがあるといいのですが。

    • >studyjournal2020 さま

      お返事遅くなりまして申し訳ありません。

      小学校の板書、先生によっては、余計なことを書くと怒られることもあるそうなので、なかなか難しいです。
      長女の先生がそのタイプなので、もし何か先生から言われたら、ママが説明して謝ってあげるから「大事なことメモ」は続けるといいよって背中を押しました。

      確かにノートの取り方って教わってないと思います。
      今の子たち、先生が板書したことはもちろん写すんですが、自分がわかりやすいように書いているって意識はあまりないように思います。
      正直、中学生のノートなんか、写すのに必死で何もわかっていないケースもありますし。
      東大生のノートも、「こう書きなさいよ」というお手本ではなくて、各自の工夫集のようで面白かったですよ。

      今回のノートに関しては、長女が自由人な部分のいい部分にフォーカスしましたが、それ以外は自由人なために他の子と同じことを「なぜそうでないといけないのか」と最初に超えるべき壁があることが多くて、心が折れそうになることも。
      でも、悪いことばかり言うより、いいところを見つけられた時くらい、ここぞとばかり褒めてもいいかな…なんて思った次第です。

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