女の子に学を積ませるなら 心に留めておきたいこと

d684aa7afb817522af3d360d0c8832bb_s

今日は、私の個人的な考えを綴りたいと思います。
(ま、ブログはいつも個人的な考えや思いを書いていますが、今回の件は特にいろいろな価値観があると思うので、敢えて事前に断りを入れておきますね。)

私は女子もたくさん学ぶべきだと思っています。
もちろん、学歴という意味だけじゃないですよ。
目を社会に向けて、自分の手で世界を切り拓いていくのに大事だと思うんですね。
そして、これからの時代、男女関係なく、自分でも生きていける力をつけてほしいと思っています。
ただ、この考え、子供がお年頃、ましてや結婚適齢期と言われるような年代になった時にも、一貫して言い続けられるか…が大事だと思うのです。

私の両親は、以前の記事にも書きましたが、自分の経験から子供にはできるだけ勉強させてやりたいと考えて、それを実行に移してくれた人たちです。
関連記事:学んだことは誰にも盗めない財産 両親の教え
関連記事:勉強すると新しい世界が広がる 両親の教え
関連記事:スポーツや芸術の世界は勉強よりもっと大変 両親の教え
(上から旧→新となっています。)

こんな風に私が勉強することを応援してくれた両親ですが、東大そして就職と進むにつれて、大きく変わっていきました。
「女の子なんだから、仕事はそれなりにして早く結婚して子供をもうけてほしいわ~。」
「女の子なんだから、大変な仕事につかなくてもいいじゃない。」
「女の子なんだから、そんなに仕事仕事って頑張らなくていいでしょう。」
「女の子らしく、控えめでかわいらしくいた方が、かわいがってもらえるわよ。」
まあね、古い時代の人(皆さんのご両親よりかなり年上ではないかと)ですから、女は早く家庭に入って旦那様を支えて…が幸せのモデルケースとしてあったんでしょうね~。
この傾向は母にとても強かったです。
きっと女性として平凡な幸せを得てほしいと思っていたのだとは思います。
でも!それまで、男子と一緒の環境の中で、性別に関係なく切磋琢磨してきたのに、いきなり頑張らなくていいとかかわいらしく控えめにとかって…そんな方向転換は無理です!
自分を否定されたかのようでとても悲しかったのを覚えています。

就職してからも、仕事においてやはりいろいろ考えさせられることが多かったです。
私が就職した時は、仕事は男性と一緒、雑務は女性としてこなし、飲み会の場ではお酌、付き合いの場は男性と同様に参加…というような感じでした。
割と男女の役割が元ははっきりとあった業界だったのも大きいとは思います。
が、会社の中で、都合よく、時に「男のような女として」、時に「本来の女として」の行動を求められることに、違和感を感じていました
別に嫌だったわけではないんですよ、いろんな仕事を振られるのは。
なんかこう、どっちつかずのフラフラした感じが、たまりませんでしたね。
当時は総合職(男性と同一職務)に女子が1ケタの人数しかいなかった頃(もちろん、会社によって様々ですが)。
今はもっと自然体で働けるようになっているんでしょうか。

私が、勉強に関しては黙々とやるタイプだったけれど、人生プランとしては特別なことを望んでおらず、将来の自分についてのビジョンをあまり持っていなかったことも必要以上にショックを受けた理由と思います。
「学力」というとても狭い世界だったけれど、それまでは高く評価されてきたのに、急に周囲にとって無価値になり…いや、もっと言うと「女性にとって高学歴は邪魔」といったような否定的な評価にさらされることがぐっと増えましたからね。
私個人に対してではないにせよ、「東大女は女じゃない」とかまあいろいろ言われてました。今もそうなのかしら。
(余談ですが、早稲田法学部だった友人も「早稲法の女は女扱いされない」って言ってましたね。大学のカラーでしょうか…。)
そんなのも予想できなかったの?と言われてしまえばそれまでですけれど。

長女がこれから先、学力面でどれだけ伸びるかも、将来どんな職業に就いているかも、今は全く想像できません。
ただ、出来るだけ長女の持てる力が発揮できるように、学ぶことが特殊なことだと思わないように育てていきたい、これだけは変わらないです。
そして、長女はなんだかんだ言っても女性であるわけです。
ここは私が謳歌しきれなかった部分ですが、女性であるからこその楽しみも存分に経験してほしいと思っています。
お化粧やファッションに夢中になるもよし。
自分をより魅力的に見せることができる力って、とても素敵だと思いますしね。
でも、私の考えとは違って、「えー、全然興味な~い」だとしても、それもまたよしです(*^▽^*)

もしかしたら、将来長女の置かれた環境によって、私が経験したような周囲の変化があるかもしれません。
でも、その時にも、私は「長女が長女らしくいてくれたら」と思います。
周りが何と言おうと、そこはぶれてはいけないんじゃないだろうか。
我が家の場合、今は親の考えで学ばせようとしています(子供にやる気があるわけではない)。
その先につながる将来、たとえ親の関与がなくなり子供自身が決めた道だとしても、その一歩は親が歩ませたわけです。
だから、「勉強は大切だ」という価値観から始まったその一歩を否定するような言動は、長女の土台を揺るがすようなことだと思うのです。
もし、親の考えが変わる時が来たなら、それが今までのあなたを否定するものではないというメッセージは必要でしょう。

子供がまだ小さい今、子供に接するにあたってのポリシーを親がハッキリと自覚し、また成長の過程でこの子にどう接してきたかを心に残しながら、もし長女が自分の在り方に迷った時には、人の道から外れない限り「そのままの長女でいい」と言ってあげられたらと思っています。
うーん、なんか上手く書けなかったなぁ。
伝わっているといいのですが…。

  

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください